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文:野口広之(ギター・マガジン編集人)

大村憲司のライブ音源集 発売

1980年代終盤から晩年にかけての貴重なセッションを記録

1998年の逝去以来17年、その評価がますます高まる大村憲司。今ここにいないということがこれほど喪失感を伴うギタリストはめったにいないだろう。渡辺香津美、鈴木茂など同世代の名手たちが還暦を超えて円熟のプレイをしているのを見るにつけ、憲司が生きていたら、と思わずにいられないのである。獅子座流星群に連れて行かれたあの時、日本の音楽は大事なものを失った。そして、親交のあるミュージシャンたちは“憲司がいないのは困る”と口々に語った。彼らの胸にあいた穴はそれ以来決して埋まることはない。それはファンも同じである。

大村憲司は1949年5月5日、神戸に生まれた。71年に赤い鳥の『スタジオ・ライブ』に参加したことがプロ活動のスタート。73年から本格的にスタジオ・ワークを開始し、生涯を通じて厖大な数のレコーディングやライブに参加している。80年には高橋幸宏の誘いでYMOのワールド・ツアーに帯同。当時のライブは頻繁にテレビ中継されたが、ストラトキャスターで朗々と泣きのギター・ソロを弾く「MAPS」は衝撃的で、大村憲司の名を全国区にした。ソロ・アルバムは4枚発表。中でもハービー・メイスンのプロデュースによりLAでレコーディングされた『KENJI SHOCK』(78年)と自らのプロデュースによる『春がいっぱい』(81年)は傑作として名高い。80年代以降はプロデュースやアレンジの仕事も多くなり、大江千里、井上陽水、大貫妙子、EPO、柳ジョージなど多くのアーティストを手がけている。

80年代の終わり頃からは多忙なスタジオワークの合間を縫って、村上“ポンタ”秀一や高水健司など気心の知れたミュージシャンたちとセッション活動を楽しむようになっていた。この頃から晩年までの貴重なライブ音源は多数残されており、2003年には『レフト・ハンディッド・ウーマン〜ベスト・ライヴ・トラックスI』、『リーヴィング・ホーム〜ベスト・ライヴ・トラックスII』としてリリースされているが、この度その続編と位置づけられる音源集が発売される運びとなった。

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